敵に塩を送る(てきにしおおくる)とは、日本の中世故事もとづくとされることわざで、「苦境あるあえて助ける」「目前の得失より長期的な利・理求める」などの解釈がある。 ただし、もとなったとされる故事は、史実とは見なされていない。 内陸国領地持つ武田信玄は、同盟国の駿河国(静岡県)から食塩
3キロバイト (462 語) - 2021年12月26日 (日) 15:17


上杉謙信にまつわる有名な故事に「敵に塩を送る」というのがありますね。戦場では敵であっても、塩(食糧)の面で相手を負かすのは卑怯だ、ということで、塩の不足していた甲斐に塩を送ってやったという話です。
ただ、これは実際にはそこまで「美談」ではないようです。
人間が生きていく上で塩分は欠かせないものなので、仕方なく太平洋に面していた駿河と相模から塩を買っていましたが、あるとき同盟関係にあった今川氏真と北条氏康との関係が崩れ、信玄への塩の販売を禁止してしまいます。

「禁輸」ですね。

その騒動を聞きつけた上杉謙信が、「戦いは兵力をもって行うもの。自分は塩留めには参加しない。だからいくらでも越後から輸入しなさい。高値にしないよう商人にも厳命しておく」と信玄に伝えたのです。

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